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東京地方裁判所 平成7年(ワ)25606号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

三村藤明

被告

乙山一郎

主文

一  被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成八年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  請求原因

1  原告と被告は、いずれも大手結婚情報サービス会社である株式会社オーエムエムジー(以下「OMMG」という)の会員であり、OMMGを通じて知り合った者である。被告は、OMMGを通じて原告の詳しい情報を知った後、OMMGを通じて原告に対し、交際したい旨の意思表示をし、原告も被告の情報を見て交際を承諾し、付き合い始めた。被告は自己紹介の欄で、「お互いの人格を尊重し、心の安らぐ、明るい家庭を作ってゆきたいと思います」とのメッセージを出していた。

2  原告は被告との結婚を真剣に考え始めていたこともあり、被告と肉体関係を持ち、平成七年九月ころ、被告の子を妊娠するに至った。被告は原告に対し、「今度できたら産んでもいいよ」等と言葉巧みに堕胎を勧め、原告は平成七年一〇月一六日、慈誠会病院において堕胎手術を受けた。

3  ところが、被告は、原告が妊娠する以前から、助産婦の丙川良子と交際しており、原告との交際は全くの遊びであることが判明した。被告は丙川に対して、原告の妊娠が分かったと同時に、堕胎させるための相談をしており、平成七年一〇月一三日ころには「ヤツが中絶をオーケーした。無事一段階を越えた。すべて計画通り進めているのだから安心しろ」といい、中絶の日にも「無事完了した」等の報告をしていた。また、被告は、平成七年一一月二二日ころ、丙川に対し、精神的に不安定となった原告のことを「一一月九日までにはヤツのことはすべてクリアーにできる」「僕には計画どおり物事を進める能力がある」などとうそぶいていた。

4  原告は被告からもてあそばれ、あまりにも人格を軽んじられたことによって精神的に強い衝撃を受け、自殺を考える程になった。

5  被告は、OMMGという結婚情報サービス会社を利用し、その会員となった女性の結婚願望を利用して原告の人格及び貞操を弄んだものであり、原告は被告に対し、人格権、貞操等の侵害による慰謝料として、三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2ないし5の事実は争う。

3  原告と被告は、双方が決して相手を拘束することのないよう割り切って交際していたはずであり、被告は原告との交際が結婚を前提としたものではないことを明言していた。すなわち、被告は、「愛してる」とか「好きだ」などといったことは一度もなく、ましてや「結婚の約束」などしたこともない。原告も被告と交際していた当時、被告に対し、「自由に泳ぎ回っていい」と明言し、以前に付き合っていた相手からのプレゼントの品々や手紙、さらにはホテルの一室で撮影された相手の写真等を見せびらかしていた。また、「前の男はヤンキーだったけど、乙山はその点カネ離れがよく、うまい具合だ」などとうそぶき、被告との交際がカネ目当てであったことも公言していた。

4  被告は原告に対し、結婚に必要な諸々の条件を満たしたならば婚約や結婚について検討してもよいが、依存心が強く意識に欠ける今の状態では到底無理であると話し、生活態度や家事の問題なども子細にわたって指摘、助言していたが、後日発覚したところでは、「木曜日は父の仕事を手伝っている」として被告を欺き続けた上、実は風俗営業店でホステスとして客を取っていたのである。いつの時代にも風俗営業に従事する女性は敬遠されている。被告の家庭は厳格であり、結婚の話が出た時点で、当然のことながら興信所などの調査が及ぶことは明白であり、その際、原告がホステスであるという事実が発覚すれば結婚ということは考えられない。原告は、風俗営業の仕事は今回が始めてではなく、さらに、被告と別れた後もホステス業を続けている。

第三  当裁判所の判断

一  事実の経過

甲第一ないし第二九号証及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は昭和四四年七月生まれの女性であり、平成四年三月、A大学商学部を卒業した後、同年四月から平成六年四月までB証券株式会社に勤務し、その後、専門学校に通って宅地建物取引主任の勉強をし、同年一一月、その試験に合格し、平成七年一月から三月まで株式会社Cという不動産業の会社にアルバイト勤務し、同年四月以降、株式会社Dという不動産コンサルタント会社に勤務している。原告の父親は不動産業を営んでいる。

2  被告は昭和三八年一月生まれの男性であり、昭和六三年三月、E大学経営学部を卒業し、平成六年八月からF株式会社という商社に勤務している。被告の父親は乙山内科病院を営んでいる。

3  原告と被告は、OMMGという結婚情報サービスを提供する会社の会員である。被告は、平成七年六月下旬、OMMGを通じて原告に対し、交際の申込みをした。これに伴ってOMMGから原告に対し、被告の紹介書(甲一)が送付された。右紹介書には、「お互いの人格を尊重し、心の安らぐ、明るい家庭をつくってゆきたいと思います」との原告あてのメッセージが記載されていた。原告は被告の右交際申込みを承諾し、OMMGを通じて原告の紹介書(甲二四)を被告に送付した。右紹介書には、原告が未婚の女性であり、二年間B證券株式会社の営業職に従事した職歴を有し、現在、G市のアパートに居住し、家族(両親及び妹)とは別居している旨が記載されていた。

4  被告は、平成七年七月一三日ころ、原告のアパートに電話を掛け、交際の申込みをした。被告は、このとき、七月一九日に改めて電話することを約束したが、同日、電話がないので、原告は翌二〇日、被告のアパートに電話をし、その際、七月二三日午後四時に新宿で会う打合せをした。そして、七月二三日、予定の時間に原告と被告は初めて会った。その際、原告は勤務先の記載された名刺(甲二七)を被告に渡し、不動産コンサルタント会社に勤務していることを話した。被告は、この日、エレベーター内や路上で原告にキスをし、原告から「私と付き合うことにするの」ときかれ、「いいよ」と答えた。

5  被告は、平成七年七月二五日、原告のアパートに電話をし、「明日、甲野さんの誕生日じゃない。お誕生会やろう」と持ち掛けた。同月二六日、原告と被告は町田市の喫茶店で会い、お茶を飲んだが、そこでの料金の精算の際、被告は予約していたケーキを引き取り、別の店で食事をした後、「甲野さんの家でケーキを食べよう」と持ち掛けた。原告は被告に好感を持ち、また、二日前から生理になっており、生理の時に性交を求められるようなことはないと思っていたこともあって、被告の誘いに応じた。ところが、被告は、原告のアパートで、ケーキの燭を吹き消したところで原告に対し性的関係を迫り、原告は生理であることもあって抵抗したが、結局、性的関係を許した。この時、被告は、原告から生理であることを聞いており、出血があることも認識していた。

6  被告は、七月二九日に原告と会った際に、被告のアパートに原告を招き、そこに原告を泊めた。原告は被告の自宅に招かれたことから、被告が真剣に付き合う意思であると確信した。

この日以降、原告と被告は双方のアパートで泊まったり、小旅行に出掛けたりして九月末まで過ごした。その間、両者の性的関係も続いたが、被告は八月中旬ころから、「コンドームを付けるのはめんどうくさいし、気持悪いんだよ」といってコンドームを付けないまま性交するようになった。被告は「コンドームとオギノ式は安全性は同じだよ」「生理の後だから大丈夫だよ」「生理予定の一週間前だったら大丈夫だよ」などと避妊の知識のあることを示す一方、原告に対し「自分の体のことも分からないのか。基礎体温ぐらいつけろよ」と指摘し、仮に妊娠しても基礎体温をつけない原告に責任があるかのような発言をしていた。被告の避妊の知識は、オギノ式と基礎体温法の区別もつかないような粗雑なものであったが、原告は、被告との結婚を望んでおり、妊娠しても被告が適切に対処してくれるものと期待し、被告の言に従っていた。被告は、この間、原告に対し、「結婚に必要な諸々の条件を満たしたならば婚約や結婚について検討してもいい」「依存心が強く、意識に欠ける今の状態ではまだ駄目だ」と話しており、結婚願望を持つ原告に期待を持たせるとともに、条件を満たさないとの理由で結婚を拒む準備も整えていた。

7  平成七年一〇月一日、原告は被告のアパートに泊まったが、夜一〇時ころ、OMMGの女性会員から電話があり、被告はこれに対して「はじめまして」「料理はできるんですか」などと話した。このことを原告に詰問された被告は、「アドバイザーのババアが紹介してくれた人だよ」「せっかく紹介してくれたのに断るのは悪いだろう」「せっかく入会したのにもったいないだろう。電話するくらいいいだろう」などと取り繕った。

8  平成七年一〇月八日、原告は、その日の午後五時に被告のアパートを訪ねる予定だったが、午後四時にアパートに行ってみると、そこに女性が来ている様子だった。被告は、玄関口から原告を外に出し、隣の喫茶店にいるよう指示し、「今、昔の女が押し掛けてきている」「話がこじれて僕が刺されるかもしれないから、一時間半たっても僕が迎えに来なかったらちょっと見に来てくれないか」といい置いてアパートに戻った。一時間半たって原告が被告のアパートに行ってみると、部屋に二人の姿はなく、原告が夕食の支度をしていた六時半ころ被告が帰ってきた。被告は「もう終わった女なんだから気にするな」と話した。後に判明したことであるが、この女性は、OMMGの会員であり、前夜から被告のアパートに泊まり、被告と性的関係にあった助産婦の丙川良子であった。

この日、原告は生理がないので市販の妊娠検査薬で調べたところ、陽性の反応が出た。この事態に被告はうろたえ、「ちょっと専門家の友達に電話してくる」といって公衆電話を掛けに行った。帰ってきた被告は「妊娠検査薬なんてあまりあてにならないみたいだよ」「僕は大丈夫な気がする」などといった。後に判明したところによれば、被告が電話をして相談した相手は丙川であった。

9  原告は、平成七年一〇月九日、ファクシミリで住宅情報提供機関からメゾネットタイプのアパートの案内書(甲一三)を取り寄せた。原告は被告との間で子を儲けて育てることを期待しており、赤ん坊は夜泣きすると聞いていたので、被告の仕事に差し支えないよう、メゾネットタイプのアパートを物色したものである。同月一一日、原告は病院で検査を受けたところ、妊娠しており、出産予定日は平成八年六月四日だと告げられた。その帰り、原告は妊娠と出産に関する本を買い求めた。その日の夜、原告は被告に電話したところ「堕したほうがいい」といわれ、そのような答えが返ってくるとは予想しなかったので愕然とした。

一方、被告は、一〇月一〇日及び一一日にも丙川に電話をして堕胎費用、方法等を尋ね、「そんな相談をされる私のことはどうも思わないの」との問に対し、「僕は計画どおり物事を進める能力がある。すべての人が納得した状態で結末を迎えるよう努力しなくてはいけない」「現段階では、脳の形成もなく、人としては成立しておらず、いうなれば細胞の段階である」などと話した。

10  被告が丙川とそのような話をしていることを知らない原告は、平成七年一〇月一二日、被告のアパートを訪ねて話し合ったが、被告の「堕したほうがいい」との考えは変わらなかった。被告は「堕ろすなら早いほうが母体もあまり傷つかないし、回復も早い」と早期に堕胎するよう説得した。これに対して原告は、「もう少し考えてからでも遅くない、手術は卵子がもう少し大きくなってからがやりやすいと医者にいわれた」と話したが、これに対して被告は、「その医者に文句をいってやる」「そんな医者は金儲け主義の汚い医者だから、そんなのに引っ掛かるな」と怒り、あくまで早期堕胎の説得をした。その日、原告は被告宅に泊まったが、翌朝、原告は被告から、「今度できたら産んでいいよ」といわれ、これから真面目に考えてくれることを期待して喜んだ原告は、堕胎を決意した。その日、原告は慈誠会病院に電話を入れ、一〇月一六日に堕胎手術をすることを予約した。

11  被告は、平成七年一〇月一三日、丙川の留守番電話に「ヤツが中絶にオーケーした」「無事一段階越えた」とのメッセージを残しており、丙川が被告に電話すると、同様の話をした。原告はこのことを知らないまま、一〇月一四日、被告と会い、堕胎手術の同意書に署名してもらった。その際、被告は、偽名でもいいのではないかと持ち掛けたが、原告はこれを断った。被告は「本当に次は産んでいいよ」と話し、原告はその日も被告のアパートに泊まった。そして、一〇月一六日、原告は一人で病院に行き、堕胎手術を受け、その日の夜自己のアパートに戻った。

被告は、一〇月一六日夜、丙川に電話をし、「無事終了した」と話した。丙川が、なぜ一緒にいてあげないのかと詰問すると、被告は「そういうことをして相手の気持が変わったら大変だ。そういうことを少しずつして気持を分からせていく」と話した。

被告は、一〇月一七日午後八時半ころ、見舞いのために原告のアパートを訪れ、泊まっていった。一〇月一八日夜、被告は丙川に電話し、「相手も生理の時の出血と比べても大したことないといっていた」と知らせた。

12  その後、被告は、原告と丙川の双方と付き合い、両名を交互に自己のアパートに泊めるような生活を続けており、原告と丙川は互いに相手の存在を疑いながら約一か月が経過した。そして、平成七年一一月一九日、原告が被告のアパートを訪れ、食事をしていたところ、丙川が入ってきて、原告と丙川が初めて対面することとなった。その日は、被告と丙川との間で口論となったが、その後、丙川と原告は被告のアパートに泊まることとなった。丙川はここで原告にメモ(甲一九)を渡し、被告を介さずに両者で連絡を取り合うことを求めた。翌二〇日、被告は原告と言葉を交わしている丙川をみて怒り、丙川が先にアパートを出ていき、その後、被告と原告が一緒にアパートを出た。その日、原告は被告の勧めで、夕刻、被告のアパートで休むことになり、先に入室して待っていると、被告は、夜になってOMMGの女性会員の紹介書を持って帰ってきた。原告は、一一月二一日に丙川と電話で話し、被告が原告と丙川の両者に、真面目に付き合っているかのような話をしていることを知った。

13  ところで、原告は、平成七年一一月二日、同月九日、同月一六日、同月三〇日の四回、「パブクラブ、キューティーアイドル」という店でアルバイトをした。この店は、カラオケステージがあり、そこから客席全体が見通せるいわゆるカラオケパブである(甲二九)。原告がこのような店でアルバイトをしたのは、被告から、気が利かない等と指摘されていたため、「男の気持ちがわかる本」と題する本(甲一一)などを読んで、被告の気に入るような人になろうと考えたためである。原告は、この経験以外には、風俗営業店はもとより、飲食店で働いたこともない。

14  原告は、その後、丙川との関係、被告のOMMGに関する姿勢等に悩み、平成七年一一月下旬には、無料法律相談を訪れたり、丙川と相談の上、OMMGの東京支店長に相談を持ち掛けたりし、一一月三〇日には原告代理人である三村弁護士に相談した。このとき、原告は被告に対して訴訟を提起することを決意していた。この日の夜、被告から原告に電話があり、話合いをしようと持ち掛けられた。

一二月一日、被告のアパートを訪れた原告は、被告から、「お前は丙川のことを信頼していたようだが、丙川はお前の行動について、僕に何でも話していてくれていたんだよ」といい、一一月三〇日に弁護士に会うことも知っていたことを話し、お前は丙川にはめられていたんだといって、原告が訴訟のために用意していた陳述書のコピーを示し、たとえ訴訟を起こしても弁護士に手を回すことができると話した。その後、被告は、「もう浮気はしない、絶対に。そのかわり僕を満足させてね」「子供、作っちゃおうか。もう絶対に堕せなんていわないよ」「絶対いい子ができるよ」などといって迫り、原告と性交渉をもった。翌一二月二日、原告は被告にいわれるまま、丙川に対し、二人が昨日会っていない旨の嘘の電話をした。丙川は、それが嘘であることに気が付いていた。その日、原告は、又しても被告に「OMMGの会員のJ原」と名乗る女性から電話が来たことを知り、不安がつのった。

15  平成七年一一月に原告から被告の素行に関する届出を受けたOMMGは、そのころ、被告について強制的に活動休止処分をしたが、このことについて、被告は一二月三日、原告に対し、「OMMGに僕たちが仲直りして問題は解決したということを電話しろ」と迫り、原告がこれを拒むと、殴りかかろうとし、「早く出て行け」と叫んだ。原告は実際に殴られそうになり、着替えもそこそこに被告のアパートを出た。

原告は、その日、丙川に電話を入れたところ、「一二月二日に電話で嘘をつかれてショックだった」「乙山(被告)は、甲野さん(原告)に裁判を取り下げさせてから捨てるつもりだったと私にいっていたよ」と話した。家に帰ると、被告から「もうこれで終わりだ。鍵返せ」という内容の留守番電話が入っていた。

二  被告の主張及び供述並びに被告提出の証拠について

1  被告は、原告が被告と交際する前から風俗営業に従事しており、被告と交際中にも被告に隠れてホステスとして客を取っていた上、被告と別れた後もホステス業を続けていると主張している。しかし、前記一の13に認定したとおり、原告は、平成七年一一月二日、同月九日、同月一六日、同月三〇日の四回、いわゆるカラオケパブでアルバイトをしたのみであり、それも、被告の気に入るような人になろうと考えたためである。このような事実を原告から聞き出して、訴訟において、「客を取る」などの表現を用いて、あたかも原告が男性の性欲を直接処理するファッションマッサージその他の風俗営業店に勤務していた者であるかのように主張する被告の訴訟態度は、それ自体、原告の名誉を棄損するものである。

2  次に、被告は、その本人尋問において、「原告は不動産業又は証券業の営業の職に従事していたことを隠して被告と付き合ったものであり、当初から不動産業や営業の職に従事していたことが分かっていれば、被告は原告と付き合わなかった」旨供述する。しかし、右主張は前記一の3及び4認定の事実に照らせば、虚言であることが明白である。

のみならず、三三歳にもなるのに、国民の正当な職業である不動産業や営業の職をこのように蔑視する被告の物の見方は特異なものである。また、被告は、「いつの時代にも風俗営業に従事する女性は敬遠されている」と主張して、いわゆる水商売といわれる職業に従事している者一般を蔑視しており、その反面、病院を営む自己の家庭について、「被告の家庭は厳格であり、結婚の話が出た時点で、当然のことながら興信所などの調査が及ぶことは明白であり、その際、原告がホステスであるという事実が発覚すれば結婚ということは考えられない」と主張して、あたかも自己の家庭は高級な職業に就いているかのような感情を抱いているようであり、さらに、「約束の時間までに来なかったら、その時間ピッタリに帰ることにしている。商社はそういうものだ」(甲一四の三頁)などと、自己の勤務する商社を程度の高いものであるかのように考えているようである。これらの事実は、被告が自己中心的な考え方の持ち主であることを表すとともに、精神面において未成熟であることを表しており、このような事実は、被告の原告に対する接し方が自己中心的なものであったことを裏付けるものといえる。

3  被告は、原告が騎上位を好む性欲の強い女性であり、性的目的から被告と付き合ったかのような主張をしている(乙六)。しかし、被告は、そのような主張を強調するあまり、原告と被告が最初に性的関係をもった平成七年七月二六日には、原告は生理であり、出血がある(原告、被告各本人尋問)のに、騎上位で一時間半も性交した(乙六のⅥ項)と主張するに至っている。これは、およそありえない話であり、このようなことを口頭弁論期日に平然と主張できる被告の訴訟態度は尋常ではない。また、被告は、「コンドームの使用を嫌がったわけではなく、コンドームでの性交では感染症が心配なので、これに代えて避妊フィルムを使うこととし、被告において常備していたにもかかわらず、原告はこれを使おうとしなかった」と主張し(乙六)、妊娠及び堕胎の責任の大半は原告にあると主張する。しかし、避妊フィルムによる避妊の場合、騎上位は妊娠の危険を生じさせるものであり、避妊に意を用いたとする被告が、「騎上位を好む」原告に避妊フィルムを勧めたというのは不可解である。この点について質問を受けると、被告は、騎上位から正常位に変わった時点で体を離し、避妊フィルムを装着するようにしていた旨の供述に修正した(被告本人尋問)が、そうだとすれば、今度は、「原告が避妊フィルムを使おうとしなかった」とする陳述書の記載(乙六のⅧ項)との間に矛盾を生ずる。虚偽の主張をすると、つじつまが合わなくなるものである。

4  被告は、自己の主張を裏付けるためとして、丙川良子の陳述書(乙五)を提出している。ところが、右陳述書には、被告が末尾に書き込みをしており、「以上の証言は平成八年一月二〇日時点のものであり、特に、丙川と被告との交際に関しては当書面作成後変化があり、この限りではない」とされている。そうだとすれば、その内容に信用性がないことは明かである。また、右陳述書の冒頭には、「わたくしは救命業務に従事しているため、職場を空ける事がままなりません。考えあぐね、悩んだ末に、このような証言と相成りました」と記載されている。しかし、丙川は、前記認定のとおり助産婦であり、救命業務で裁判所に出頭できないといえるような立場にないことは明らかであり、助産婦である丙川自身の真意によりこのような陳述書が作成されたものとは考えられない。さらに、右陳述書には、原告の妊娠及び堕胎の際の被告の言動について、「乙山氏(被告)の言動に関し、わたくしの職業上知り得た事柄であるため、その詳細についての証言を拒否いたします」と記載されている。しかし、原告の妊娠及び堕胎の際の被告の言動が丙川の職業上知りえた事実と何の関係もないことは、助産婦である丙川自身が熟知しているところであろう。この陳述書は丙川の真意により作成されたものとは考えられない。

以上、要するに、被告提出の乙第五号証の記載内容には全く信用性がない。

三  不法行為の成立及び損害賠償額

前記一及び二認定の事実に基づいて考えると、被告の行為は、結婚等のための交際相手を紹介する会社を利用して、結婚願望を有する女性に交際の申込みをし、条件が整えば結婚してもよい旨の意向を示しながら当該女性と継続的に性的関係を持ち、結婚を迫られると、条件が整っていないとしてこれを拒むものであり、結婚する意思がないにもかかわらず、あたかも結婚を検討しているかのように装う一方、婚約ないし結婚の承諾をすることを巧妙に避けながら長期間性的関係の継続を図るものである。これに対して原告は、被告が自己紹介書に「お互いの人格を尊重し、心の安らぐ、明るい家庭をつくってゆきたいと思います」との原告あてのメッセージが記載されていたことを始めとして、被告の幾多の言動から、交際の当初より、結婚できるかもしれないと誤信して付き合いを続け、その結果、初めて身籠った子の妊娠中絶手術をせざるをえなくなるなど、人生設計を大きく狂わすこととなったものである。被告のこのような行為は、原告に対し、人格権侵害の不法行為を構成するものである。

一方、被告の応訴の態度をみてみると、原告からの責任の追及に対し、「双方が決して相手を拘束することのないよう割り切って交際していたはずであり、『愛してる』とか『好きだ』などといったことは一度もなく、ましてや『結婚の約束』などしたこともない」と主張して、交際の当初から結婚を約束する言葉を一度も発したことがないことを強調している。右事実と前記一及び二認定の事実を合わせ考えると、被告の右不法行為は、原告から責任追及があった場合のいい逃れも考えた上での計画的なものであったことが認められる。しかも、被告は、原告から責任を追及された場合には、証拠の残りにくい日常生活上の言動が争点となることを承知の上、前記二認定のように、原告の経歴、性的嗜好等について根拠のない中傷をし、これによって自己の防御を図ろうとしており、このような被告の行為は、原告の人格と精神的苦痛を省みない悪質なものであるといえる。幸いにして本件においては、原告が被告との交際について具体的事実を詳細に記載したメモを残しており、被告のもう一人の交際相手である丙川良子も詳細なメモを作成し、これを原告に渡したため、証拠により証明することが一般には難しい言葉のやり取りや日常生活上の言動についても、かなり正確な立証が可能となったものであり、その意味で本件は珍しい事件といえる。

被告が行ったこのような不法行為は、証拠関係の特質上刑事手続によって抑止する対象にはならず、計画的行為であり被告に反省する意思がないから、示談、調停その他の任意の紛争解決手段に頼ることもできず、結局、民事裁判手続において損害賠償を認容することにより抑止を図るほかないものである。このような点も考慮し、また、原告が弁護士に委任して本件訴訟を提起せざるをえなかったことも考慮すると、原告が被告の前記一及び二認定の行為によって被った精神的苦痛を慰謝する金額としては、原告が請求する三〇〇万円全額を認容するのが相当である。

なお、被告の文書提出命令の申立ては、理由がないから却下する。

四  結論

以上のとおり、被告に対し、三〇〇万円の慰謝料及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一月一一日から支払済みまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官園尾隆司)

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